裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

24日

火曜日

イエティ妙

 あの毛深いやつを雪男とは。朝7時起き、K子に起こされる。朝食、シーフードサラダとスイカ。メールチェック。SF大会からやっと企画についての通知が来た。山口きらら博はどうなったか。まあ、どこも真際になっての決定や連絡で進行しているのだから、こっちが監修のイベントがなかなか進まなくてもあまりイラつかないことである。

 鶴岡から電話。考えてみればこの男の家にはまだエアコンがない。よくこの夏に仕事が出来ている、というか、よく生きていられる。今日も全日、冷房の中で過ごす。熱中症という病名は別の意味にとられる可能性が高く、あまりいい命名ではないんではないか、などと考える。

 原稿、ずっと引っ掛かったままになっていた太田出版のトンデモ本シリーズ最新刊用コラム。ヘンテコ洋書紹介だが、十数册の洋書に目を通す。暑い夏の日に家の中にこもって英語をずっと読んでいると、受験生時分に戻ったような気がする。桑園(札幌の地名)にあった予備校の夏期学習塾、駅からの行くさ帰るさに眺めていた北大植物園のシラカバのこずえに、この季節になると白い小さな蛾が雲のように群をなしてはためき回っていたっけ。

 昼はまたまた桜井さんから到来の冷やし麺で。これですっかり食べきった。睦月さんも、日記を見ると昼はこれですませることが多いようだが、あの人のことで、具とかで栄養バランスをちゃんととっているのか、心配になる。そう言えば睦月掲示板に何だか変なのが入り込んでいたな。

 午後4時ころ、やっとコラム原稿12枚ほど、書き上げて原稿用パティオにアップする。これで今回のと学会本における私のノルマは達成。一気に書き上げてさすがに頭に熱をもったので、寝転がって気楽な本を読む。原康史『現代プロレス怪豪列伝』(双葉新書・昭和45年)。当時のプロレスファンは純情だったから、こういうスサ マジイ内容のものでも受け入れられたんだろうか、前書で
「プロレスとは一種の“大人のメルヘンの世界”です。怪奇レスラーの怪奇な伝説は興味深いメルヘンなのです。その伝説は、あるいはプロレスを演出する陰の黒幕たちがこしらえたものかも知れません。それはそれでいいのです。怪奇な伝説は伝説として、その世界にどっぷりとひたってみるのも一興です」
 と言い切っているのが凄い。シェラマドレの山の洞穴に住む原始民族で、石斧で対戦相手の頭を叩き割る(おい!)洞窟男ケーブマン(リングサイドにはヒューストン大学やサザンメソジスト大学の人類学の研究者たちが彼を見るために並んでいるんだとか)だの、人間と戦うだけではその病的な闘争本能を満足させられず、ワニだのトラだのゴリラだのとしか戦えなくなった猛獣レスラー、トニー・ガレント(最大の強敵はシアトルで戦った足の長さ二メートルの大ダコだったとか)だの、顔が非常に醜いため子供のころから迫害されて育ち、人間たちに憎しみを抱いているので、ドクロのマスクをかぶってリングに上がり、都市には住まずアステカの廃虚を住処とし、訪れるジャーナリストたちに大石を投げ付けて威嚇する生まれつきの唖の兄弟、ロス・クラネオス(でも、ちゃんとポーズをとった写真が掲載されているのがご愛敬)だのイヤハヤ百鬼夜行のありさまである。

 中でも一番“ウソコケ!”と思ったのは、巨人レスラー、ウラディック・ズビズコのエピソードで、映画『フランケンシュタイン』の主役の座をつかんだボリス・カーロフが、どうしてもフランケンシュタインのモンスターのイメージをつかむことが出来ず、悩んだ末にふらりとブルックリンのプレス会場に足を運び(なんでハリウッド映画に出るのにニューヨークの下町などをブラついているのか)、そこで怪奇な風貌で前座試合をやっていたズビズコを見て霊感を得、
「これだ……わたしのさがしていたのはこの男だっ!」
 と叫び、リングサイドに駆け寄るや、マットを叩いて、これこそ俺のさがし求めていた顔だ……ついに俺は見つけた! と叫び、それからカーロフはズビズコの試合のサーキット・コースを一緒に回って、彼の顔を自分の顔に移し変えたという話。そんなん、一回も聞いたことないぞ(だいたい、顔を移し変えるって何だ?)。

 まあ、大学教授に転身したインテリレスラー、ハンス・ヘルマンに
「オレの名はヘルマン……ヘルとは地獄、オレは地獄からきた男さ」
 などとしゃべらせる著者だから、いいかげんのなんのと言っても意味がない。ヘルマンの綴りも間違う人物が“アメリカのスポーツ誌によると……”などと書いてもイマイチ信用できないのだが、しかし、こういうメルヘンで大衆が熱狂していた(この本も発売一ヶ月しないうちに六版になっている)時代というのはいい時代だよなあ、と思ってしまうのもまた、事実である。

 芝崎くんから電話あり、残りの会誌図版を井上デザインから受け取ってもらって、金曜日に編集作業完成させる予定。やはり、なんだかんだ言って〆切ギリギリになるなあ。『Memo・男の部屋』原稿にかかって、7時ころ書き上げ、メールする。文字数にカン違いあり、一度削った文章をもう一度復活させる。9時、家を出て、すがわらでK子と待ち合わせ。夏バテで弱った胃に、鯛のアラのスープ(K子の嗜好でほとんど塩味のついていないもの)が染み渡るばかり。赤貝、ウニなど食べたら、やはりちょっとお値段高かった。帰宅12時ころ、ネットニュースみたら円谷浩死去の報あり、驚く。37歳。内臓不全の持病があるとは聞いていたが、祖父の生誕100周年でわくこの年に世を去るとは。しかし、早世の一族だなあ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa