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2012年6月28日投稿

平和(モスラ)を呼んだ声【訃報 伊藤エミ(ザ・ピーナッツ)】

ザ・ピーナッツ伊藤エミ死去。71歳。
『シャボン玉ホリデー』の「お父っつぁん、おかゆが出来たわよ」
はコント史上に残る名作コントシリーズなのだが、再放送できない
のが痛恨のきわみ。日本の女性デュエットの最高峰なのだが、コント
はやる怪獣映画には出ると、仕事の幅は凄く広かった。当時のナベ
プロの先見の明だったろう。

そのデュエットの見事さはおそらく天性の才質に加え徹底した宮川泰
のレッスンにより完成したものであり、かなりアーティフィシャル性
が強いものだった。その後類似のデュエットが出ていない(『恋の
フーガ』はじめ、彼女たちの曲は何人もの歌手にカバーされているが
彼女たちを凌駕した者はいない)のはそのせいだろう。双生児という
特性にその歌唱法がマッチし、それは高度経済成長期のイメージに
重なった。日本人独自の感性とは趣を異にする彼女たちは、当時の
ヨーロッパ、アメリカのリスナーにもすんなりと受け入れられた
国際性を持っていたのである(双生児歌手として対照的な道を
歩んだ歌手にこまどり姉妹がいる)。

その国際性(無国籍性)をフルに発揮したのが『モスラの歌』だろう
が、この歌詞はインドネシア語をもとにしている。さらにドイツ人
作詞・作曲、もちろんドイツ語の歌詞で歌う『スーヴェニール東京』
『ハッピー・ヨコハマ』などという曲まであるが、これもまた、
まったく違和感なくピーナッツの歌として聞ける。別に歌い方を
いつもと変えるわけでなく、自分たちの持ち歌として普通に歌って
いるのである。これは思えばスゴいことだ。

70年に出した『白い小舟』は、そんな彼女たちのキャリアの中では
異色のセクシー歌謡(作曲は沢田研二)で、ひとり遊びを連想させる
女性の、エクスタシーへの階梯を流れる舟に例えたもので、これだけ
は(いい曲なのだが)聞いて違和感があった。アーティフィシャル
なイメージの彼女たちに、性的な歌は似合わないのだ。

60年代の混沌の中で、彼女たちの歌う声は日本という枠組みを
超えたスケールを築き、われわれに“夢”を見せ続けてくれた。
それは、その夢の人工性も含め、『モスラ』に代表される特撮映画に
重なる部分がある。

物心ついた時から聞いていた声が、半分とはいえ、失われた。私たち
昭和生まれはこうしてひとつひとつ、自分たちの構成素材をなくして
いく。限りなき哀感と共に黙祷。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa