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2011年12月14日投稿

振り返っての雑感

『タイム・リビジョン/時間修正作戦』、公演終了から3日
たちました。

公演が終ったあとは一日二日、廃人のようになってしまいます。
パソコンの前に座って、とりあえず〆切りの過ぎてしまった原稿を
大急ぎで書いて送って、あとはただ、ニヤニヤしているだけ、という
フ抜け状態です。

打ちあげは朝まで。今回は参加した役者さん、スタッフさんたちが
本当に「楽しかった」と言ってくれて、中でも舞台監督の早坂さんが
「俺はこんなに飲みが楽しい座組は初めてだ」
と酔って何度も繰り返してくれたのが何より嬉しいです。

前の日記にも書きましたが、この人の酒の酔い方は決していい方では
ない(いや、この書き方は凄まじい過小表現だ、とツッコミが
入るでしょうがw)。稽古期間中、一度荻窪の焼き鳥屋でしつっこく
からんできて、思わず“いい加減にしろ!”と頭をひっぱたいたこと
がありました。

そんな彼が、公演2日目、大入り大受けだった日の軽い打ちあげの後、
「先生、俺の隠れ家行きましょう」
と誘ってくれて、いかにも下北沢というマニアックなバーに私を案内し、
そこで二人きりで演劇談義、裏方談義を、別人かと思うほどいい酔い方で、
にこやかに語ってくれました。
「あ、演劇人として認められたんだな」
と了解した瞬間でした。これまでは私の芝居作りを文化人のお道楽
としか見ていなかった芝居の申し子が、仲間として受け入れてくれた、
そんな感じが伝わってきて、涙が出ました。

今回、これまで世話になってきた劇団『あぁルナティックシアター』
から離れて、単独ユニットを組みました。照明・音響などのスタッフ、
そして劇場主に対しても、古いつきあいの劇団と違い、一からお願い
しないといけません。狭い業界です、悪い噂が立ったら二度と仕事
してくれなくなります。もちろん、これまでも劇団がらみで人脈は
つくってきたつもりですが、個人ユニットとなるとまた話が違う。
気軽に用をいいつけられる若手もいない。ルナの若手たちが、
自分がやりますと申し出てくれましたが、今回は稽古場の予約や、
小道具の買い出し等、全部自分でやることにしました。短期間に、
芝居を作るというシステムの全行程を経験したかったのです(もち
ろん、映像作りなどプロの仕事はやれません。逆にそういう部分は
打ち合わせを重ねて納得したあとは完全におまかせでやってもらい
ました)。

いい公演、満足できる公演にするためには、いい芝居を作るだけでは
ダメです。赤字を出さない、お客の入ってくれる芝居にしなくては
なりません。私はチケットノルマを役者に課さない主義なので(いい
役者だ、と惚れ込んだら、例え一枚もチケットを売らない人でも
使いたい)、そこも苦労しました。

幸い、スポンサーさんから準備費が出ました。それで予算の中に通信費、
というのを組んで、役者たちが案内状を自分の知り合いに出すときの
切手代はユニットが持つ、というシステムにしました。それから、これは
どこの劇団もやっていることですが、チケットバックを徹底して、
一枚売れたらいくら、と売った人にキックバックが入るように
しました。結果、発奮して、一人で100枚近いチケットを売って
くれた人もいました。ありがたいことです。結果、ささやかながら
黒字を計上でき、大入り袋を役者・スタッフに出すことが出来ました。
本番数日前に、予想集客人数×チケット代−総予算、で計算してみたら
50万円の赤字、という結果が出て青くなったことを思うと、黒字
が出たのが奇跡みたいなものです。きっと、役者のみんなが、
「いい芝居なんだから人に見せたい」
と思って頑張ってくれたのでしょう。ありがたい。

黒字が確定した日に、芝居終って外に出たら、月食が始まっていて、
下北沢の駅前に人々が集って空を見上げていました。その月を
見上げながら、これが赤字確定だったら、こんなに奇麗だと思えた
だろうか、とふと、考えました。所詮月は現世の鏡。美しいと思える
のも現世での公演でいい結果が出たからこそ、としみじみ……。

今回の公演は私にとっては演劇の世界での卒業論文みたいなもの。
決してこれで儲けるつもりではありません(その先に儲けの出る話は
考えていますが、最初から四年間、劇団という実地の大学で勉強する
つもりでやってきました)でした。しかし、卒業論文だからこそ、
スタッフや協力者たちに
「今回は泣いてくれませんか」
とは言いたくなかった。それ(正規の支払)が達成できただけでも
自分としては満足しています。すれすれ合格点とれた、という
ところでしょうかね。

知人・友人の中には、唐沢は趣味の演劇に入れ込んで、身上を
つぶすんじゃないか、と心配してくれる人も大勢います。しかし、
私には私の目算がありました。出版に軸足を置きながら、映画や
テレビ、音楽、イベントなどさまざまな業界に顔をつっこんで、
「今後最もアツくなるのは演劇の世界だ」
という確信を得たということです。ここに地歩を築いておくことは
めぐりめぐって、モノカキとしての自分に絶対有利に働く(少なくとも
サブカルチャーの世界に固執するよりは)という結論を出し、
その世界の勉強を始めました。幸い(自分ではもう見切りをつけ
ましたが)役者としてそこそこの評価を受けたか、客演をいくつもの
劇団から依頼され(冷や汗ものの出来ばかりでしたが)、短期間に
さまざまな場所での修業をつむことが出来ました。

一座の組み方、劇場との契約、役者たちが楽屋でどう動き、何を
楽しいと思い、何を不満に思うかも、学びました。一番の教室は
やはり、飲みの席でしたね(笑)。シコミからバラシまで自分で
体験し、今ではパンチ(舞台上に引くカーペット)の張り方はがし方、
灯体(照明用ライト)の片づけ方なども人に教えることが出来ます。
自分でやるわけでなくとも、それがどれくらいの作業なのか、が
わかっているといないとでは大違いです。その経験値を実地で試す
機会が、今回の単独ユニット公演でした。四苦八苦しながらゴールに
たどりつけました。皆さんのおかげです。

下北沢で二番目に小さい劇場から今回、出発しました。
今後の目標はもっと大きな劇場へ、ということで、そういう話も
出てはいますが、あせるつもりはありません。私をはぐくんでくれた
この『楽園』に感謝もしております。愛着もあります。今回、黒字
とはいえ、まだ日によって客の薄い日がありました。ここを全ステ
満席にすることが恩返し。感謝の念を込めて、来年7月の公演(今回、
予告編までビデオを作って流しました)は、この劇場自体を主役に
据えた作品『楽園の殺人』というミステリ劇です。
今回とは全く趣を異にした芝居になるでしょう。とはいえ、私の
芝居の特長である、濃いキャストと悪凝りは残しておくつもりです。
ぜひ、足をお運びください。

※写真は千秋楽の楽屋風景。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa