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2011年9月15日投稿

芦辺拓『黄金夢幻城殺人事件』

2009年6月、あぁルナティックシアター本公演『黄金夢幻城殺人事件』
は、プロデューサーを務める私の推輓で、本格ミステリ作家・芦辺拓氏に
原作をお願いした。芦辺氏なら絶対、こういうことが好きで飛びついてきて
くれるはず、というヨミであったが狙いたがわず(笑)、芦辺氏が次々に
提示してくれたアイデアはさすが、奇想に満ちていて、“舞台ならでは”の
お約束を逆手にとったトリックをふんだんに使ったものだった

が、残念ながら小劇場の限界もあり、ボツになったアイデアもいっぱいあった。
冒頭の時代劇から幕をあける、というのもそのひとつで、時代劇をやると
なるとカツラから衣装から刀から全てをレンタルせざるを得ず、それだけで
公演費用を上回ってしまう。そこで苦肉の策で、少年剣士というのを
少年探偵に変えて、探偵と怪人のアクションに変更。半ズボン姿の少年探偵、
スバルくんが誕生した。決めゼリフも稽古場でみんなでああでもないこうでも
ない、とやって、結果、
「僕のコルトが火を吹くぞ!」
に決定。演じた佐藤歩の演技とも相まって、何とかキャラクターとして
成立して、ホッとしたものだ。

ところが、この、たった数分の出演の少年探偵スバルが、アンケートで大人気
を取った。半ズボンキャラの強さ、いや、女性が男性、それも美少年を演じる
という、演劇における性の超越性の伝統の強みなのかもしれない。

このキャラにもっともハマったのは原作者の芦辺氏その人であり、
ついに原作者自ら、スバルを主人公にした作品を書き下ろしてしまった。
それがこの『黄金夢幻城殺人事件』。そんな複雑な出自の探偵を主人公にする
くらいだから、本作も遊び心に充ち満ちた、いや、ちょっと充ち満ちすぎて
いるんじゃないかと心配になるくらい、さまざまな仕掛けのほどこされた
愉快な一冊である。冒頭に(今度こそ)置かれた時代劇や、昭和初期の少年
探偵ものを思わせる文体の楽しさ。いや、そればかりではない。木菟蔵、
陀羅助などという山賊のネーミングは馬琴の『八犬伝』を思わせるし、
怪しげな呪文の中で、イスパニアやボルトガルなどのカタカナ語に傍線が
付されているのは明治の翻訳小説調。ここには作者・芦辺拓が、かつて読み耽り、
酩酊したであろう小説群が作者の血となり肉となって、再び活字化されて紙上に
再現されているのである。

いつものことながら芦辺作品は短編集のその収録順序にまでトリックが仕掛け
られているので、巻頭から順に読んでいくことをオススメするが、あぁルナ
関係者なら待ち切れずに後ろから読んでしまうかもしれない。ラストに置かれた
『「黄金夢幻城殺人事件」殺人事件』は、橋沢進一はじめ佐々木輝之、NC
赤英、萩原幹大、菊田貴公、大村琴重、そして岡田竜二らルナのメンバー、
佐藤歩、中村公平、鈴木希依子、渡辺克己らゲスト陣までが全員本人として
登場する、現実とフィクションが交錯する大異色作である。
「ま、時計してないけどね」
のギャグが活字となって残るとは、亡きNCも思いもしなかったことだろう。

この本を手にとる人で、ルナティックシアターを実際に知っている人というのは
1%にも満たないと思うが、それでも敢てこんなお遊びをやってくださった
芦辺さん、そして芦辺さんにここまで遊ばせてくださった原書房には、
この芝居のプロデューサーとして深く御礼を申上げなくてはならない。

で、感謝の上で、これはプロデューサーとしてではなく、”役者として(かり
だされ、ではあったが)舞台に上がった者“のプライドとして、訂正一ヶ所。
冒頭で少年探偵スバルを黄金夢幻城へと導くこがね道人の声を演じたのを、
作中では橋沢進一と書いてあるが、あれは私がやったんであります(笑)。

それにしても、この作品に登場する劇団員のうち、NCは作者あとがきにも
あるようにそれからわずか半年ほど後に死去し、萩原幹大、松下あゆみ、
吉澤純子もさまざまな事情で劇団を去っている。舞台は一期一会というが、
あの時のメンバーは、もう二度と一堂に会することはない。こうやって
活字にとどめてくれたことで、その思い出が永久に残ることは返す返すも
嬉しいことである。
ありがとうございました。

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Copyright 2006 Shunichi Karasawa