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2011年1月8日投稿

二つの顔を持った男 【訃報 レスリー・ニールセン】

『刑事コロンボ』はミステリ・ファンとしてばかりでなく、
SFファンとしても見ていて楽しかった。マニア好みのSF
作品に出演していた役者があちこちに顔を出しているからである。
第一作『殺人処方箋』のジーン・バリーからして『宇宙戦争』
の主役だし、他に『地球爆破作戦』のスーザン・クラーク、
『猿の惑星』のロディ・マクドウォールとキム・ハンター、
『巨大アメーバの襲撃』のジャック・クリュッシェン、
『性本能と原爆戦』のレイ・ミランド、『ミクロの決死圏』の
ドナルド・プレザンス、『アンドロメダ……』のケイト・リード、
『華氏451』のオスカー・ウェルナー、『プリズナーNO.6』
のパトリック・マクグーハン、『燃える昆虫軍団』のブラッド
フォード・ディルマン、『原子力潜水艦シービュー号』の
リチャード・ベイスハート、『地球最後の男』のビンセント・
プライス、『新・猿の惑星』のリカルド・モンタルパン、
サル・ミネオ……おっと、もちろん忘れちゃいけない
『宇宙大作戦』のレナード・ニモイとウィリアム・シャトナー。

中でも1956年の名作『禁断の惑星』からは、主人公のレスリー・
ニールセンが二回、ヒロインのアン・フランシスも二回出演しており、
他に技術担当のチーフ役だったリチャード・アンダーソン、そして
あのロボット“ロビー”まで(『愛情の計算』)出演しているという
キャスティング・スタッフの傾倒ぶりを見て取れる。ギャグメーカーの
コック長を演じていたアール・ホリマンも出そうなものだが出て
いなかったのは、同じ刑事物『女刑事ペパー』のレギュラーに
取られてしまったからだろう……。

そのレスリー・ニールセン、二回登場しているが二回とも犯人
ではない。一回目(『二つの鍵』)は女性犯人(スーザン・クラーク)
の恋人であり、皮肉にも彼の特技である記憶力が恋人の犯行(被害者
は『禁断の惑星』でコンビを組んだリチャード・アンダーソン)を
立証してしまうという真面目な役。それから二回目のオツトメになる
『仮面の男』では殺人(犯人はパトリック・マクグーハン)の
被害者役だが、これが実はCIAの二重スパイで、暗号名がジェロニモ。
正体を隠している男のため、コロンボは“被害者が誰だかわからない”
という前代未聞の犯行に立ちあうことになる……。もちろん、これも
ギャグは全くない役である。

……なんでこんな風にレスリー・ニールセンを紹介するのに
「この役はギャグがない」
といちいち断わらないといけないかといえばもちろん、
彼の役者人生が前半の真面目な二枚目役と、後半(1980年以降)
のドタバタギャグのコメディアン風の役と、はっきり分かれるからである。
例えばコロンボ役のピーター・フォークも、コメディ映画出身で
ありながらコロンボのような真面目な(?)演技もやっているが、
しかしそれは演技の中にコメディ要素が多いか少ないかという
くらいの違いであり、ニールセンのようにこうもはっきり
演技が様変わりした役者はあまりいない。いたとしても、
コメディからシリアス演技への転向がほとんどで、その逆は
大変に珍しい。それを成し遂げて、双方で大成功を収めた人と
なると、もっと珍しい。
レスリー・ニールセンは映画史の中でもユニークな転身を、
見事に成功させた例と言えるだろう。

とはいえ、私は後期の代表作、『裸の銃を持つ男』のドレビン刑事
以降の彼を、イメージを壊す気がして、きちんとは見ていない。
何のイメージかというと、“2枚目だったころの代表作”、
『禁断の惑星』のアダムス艦長である。
この映画は私のオールタイムベストSFムービーのひとつなのだ。

考えてみればこの役もずいぶんで、生存者の救出に向った
星の住人である娘アルテラ(アン・フランシス)を、乗組員統制の
妨げだと最初は邪魔者扱いして、自分の部下から引き離すのだが、
最後はちゃっかり自分のものにしてしまう(部下は当然のように
怪物に襲われて悲惨な死を遂げる)。組織のトップがプレイボーイ
というのは『スタートレック』のモデルだろうが、それにしても
ご都合主義で、またそれで何のためらいもなく艦長になびいて
しまうアルテラがいやに尻軽に思える。

この時期のニールセンは決して大根ではないものの、こういった
アメリカ的(生れはカナダだが)無神経さを体現しているような
俳優だった。かの富野由悠季はこの映画が“反吐が出るくらい
嫌い(笑)”だそうで、それはテーマ性の突出に比して演技・演出論
がなっていないからだそうで、その嫌いな理由の50%くらいは
ニールセンのこの主人公にあると思う(演出が古くさすぎる、という
富野の指摘は的外れで、これはシェイクスピア悲劇『テンペスト』
の映画化であるということをコンセプトに、わざと舞台劇風に
古くさく撮っているのだ)。

思えば80年代に入ってのニールセンの変貌は、単に彼一人の変貌
というものでなく、アメリカ的なヒーロー像というものが
変貌せざるを得なくなった、その象徴のような気がする。
ドレビンも、『フライング・ハイ』のルーマック医師も、
自分自身は非常にカッコいいヒーローのつもりで行動し、その
無神経さ、無自覚さが周囲に迷惑をかけ、そして自分だけがそれに
気がついていない。まさに、冷戦終結後のアメリカという国家
のカリカチュアになり得ている。
『フライング・ハイ』の第一作は彼ばかりでなく、『スパイ大作戦』
のピーター・グレイブス、『アンタッチャブル』のロバート・スタック
など、かつてのヒーロー俳優たちがずらり並んで出演した。
やはり監督であるズッカー兄弟の、これは確信犯であると思うのである。
中でも最も、その転身を華麗に成し遂げたのが、レスリー・ニールセン
であった。

11月28日死去、84歳。
二度の人生を生きた名優に黙祷。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa