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2011年1月7日投稿

失神していた男 【訃報 ジョー樋口】

全日本プロレスの名レフェリーだったジョー樋口、2010年
11月8日死去。
81歳。

ジョー樋口と言えば失神。
外人レスラーのかけた技に巻き込まれ、リング上で気を失う
のが全日の名物(?)だった。

その失神が名人芸だった。
いかにもわざとくさいのだけど、その、わざとくさいところに
マジで入れ込むところがプロレスの醍醐味だった。
いや、プロレスばかりじゃあるまい。
例えばアイドルにハマっているファンも、自分の恋愛感情が
疑似に過ぎない、とわかっている。“疑似だからこそ”、リアルな
恋愛以上に入れ込まないと、幻想が崩れてしまう。必死になる
のである。ただ、ジョー樋口が仕切っていた、馬場時代の全日本
プロレスは、そのわざとくささをファンもわかっていて、
わかっていながら自ら足を濡らして楽しんでいたところがあった。
オトナだったのである。猪木信者たちで固められた新日本プロレスの、
あれがフェイクだとでも言おうものなら口角泡を飛ばしてカミついて
くるような、そんなシャレのわからなさとはちょっと違った世界だった。

プロレスと怪獣映画は相似形である。それが昭和の文化である、
ということまで。ミニチュアがどんなにチャチだろうと、吊り糸や
合成の線が見えようと、そこをイメージで補うことで、リアル以上の
楽しさをそこに現出させるのである。それは“ごっこ”の楽しさ
である。昭和期の特撮が、昨今のSFX作品に比べリアル度
はどうしようもなく低いのに、楽しさの度合いはずっと上なのは、
そこに“遊び”の精神があふれているからだ。チャチさが逆に
プラスになるのである。

中野昭慶特撮などは、時にリアルを敢て崩して無茶苦茶をやって
いることが多かったが、それでも見ている方を納得させてしまう
パワーにあふれていた。ジョー樋口の試合の仕切りは、どこか、
その昭慶特撮に似ている気がする。どう考えても気づかないわけの
ない外人選手の反則に気づかなかったり、さっきまで失神して
いたはずのレフェリーが、(失神前まで劣勢だった)ヒール王者の
レスラーの一瞬の反撃によるフォールのとたんに息を吹き返して、
状況把握も何もないままカウントに入って王座を防衛させてしまったり、
お約束のどうしようもなさだが、見ている方は、そのどうしようも
なさによってプロレスの面白さが成り立っている、ということを
わかっているのである。ファンがわかっていることを前提として
“世界”が成立しているのだ。“王様は裸だ”とわめきだすような、
KYなガキはアッチいけ、だったのである。

ちなみに言うと失神技(?)はよほど受け身がうまくないと
危険でやっていられない。ジョー樋口は力道山と対戦したこともある
旧・全日本プロレスの山口利夫(“満州の虎”と呼ばれた柔道名人)
の元でプロレスデビューをした人だから、そこらの技術は完璧
だった。セメントマッチでは相手の腕を折ったこともある実力者
だったそうだ。そして、底抜けの面倒見のよさは外人レスラーに
定評があった。銀髪鬼フレッド・ブラッシーは、来日中、駅で
すれちがった和服美人に一目ぼれし、彼女をなんとしても探し出して
くれと樋口に頼んだ。八方手をつくして彼女に連絡がとれたとき、
電話口で樋口は本当にホッとしたように叫んだという。
「助かりました。ブラッシーが私に“探し出せないわけがない、
日本は小さい国なんだから”と言うんです」
と。一時の新日の引き抜き戦略に全日が耐えられたのも、御大・馬場
がどっしりかまえていたことと、ジョー樋口のこの面倒見があって
こそのことだったろう。

プロレスのコールは、選手紹介のあとに付け加えのように
レフェリー名をトーン落としてコールするが、ジョー樋口の場合には
時にはレスラー以上の歓声をもって迎えられた。リング上を本当に
仕切っている主役は誰か、をファンもわかっていたのだろう。
だからこそ、見えすいた失神も、わざとくさいギブアップ確認も、
反則の見逃しも“芸”として確立した。昔、せっかくの好試合を
レフェリーの失神で台無しにされた、と憤っていた子供たちも、
今になって理解するだろう、あれでプロレスというのは成り立って
いたのだ、と。

ジョー樋口、レフェリー歴32年、リングを叩き続けた右手は
左手の倍の厚さになってしまったという。……うーん、これも
昭和プロレス独特のギミック伝説じゃないかなあ。一度会場で握手
してもらったことがあるけど、普通の手(むしろソフトで綺麗な手)
だったという記憶なのだが。

81歳という年齢に不足はないだろうが、ジョー樋口の死は
単に一人のレフェリーが死んだ、というだけではない。
昭和という時代の一部が死んだというのと同義なのである。
ご冥福を祈る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa