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2010年12月19日投稿

女の影にいた男 【訃報 サイモン・マッコーキンデール】

注意・有名作品ではありますが、ネタばれがあります。

ポアロもの映画としては『オリエント急行殺人事件』に次いでヒットした
『ナイル殺人事件』(1978)。推理より1930年代の雰囲気を出すことに
主眼をおいていた『オリエント……』よりも、ミステリ劇の名手
アンソニー・シェーファーが脚本を書いて、いかにもクリスティらしい
犯人探しの妙味を味あわせてくれた本作の方を高く評価するファンも多い
だろう。……ただ、ポアロ役のピーター・ユスティノフをはじめ、
デビッド・二ヴン、マギー・スミス、ジャック・ウォーデン、アンジェラ・
ランズベリーといったクセモノをずらり揃えたキャスティングの中で、
犯人役を演じた新人俳優だけがやはり、ちょっと浮いてしまっていた。
その新人俳優がサイモン・マッコーキンデール。

いかにも英国風の顔立ちで、まずくはないのだが、ハリウッド俳優のような
一般受けするアクにはかなり欠けているな、というのが印象だった。
映画公開当時の『キネマ旬報』では、女性評論家たちにさんざんな
評価しかされていなかった記憶がある。
まあ、これは仕方ないので、この役に有名どころを配してはすぐに犯人が
わかってしまう。まさか、こんな新人が真犯人とは……と言うキャスティング
の意外性も製作者の考えだったのだろう(そもそも、容疑者の似顔絵が
ピラミッド型に配されている『ナイル殺人事件』のポスターデザインには
マッコーキンデールが入ってない!)。

いきおい、映画ファンはもう一人の犯人、共犯者であるミア・ファローの
方ばかりを注目する。実際、この映画での、執念にとりつかれた女の
役を演じたミアの演技と存在感は素晴らしかった。ストーリィ上でも
スクリーン上でも、サイモン青年(本名も、役名もサイモンであった)
はミア・ファローの尻の下に敷かれて、唯々諾々と彼女の立てた計画
通りに動いていた、というイメージであった。ま、年齢も実際で7つ上、
芸歴としてもはるかに上回っているミアの前では致し方なかったと
言えば言える。

とにかく、映画は全世界で大ヒット、これで地味な舞台とテレビの俳優で
あったマッコーキンデールは一躍世界に顔を知られる俳優になった……
はずであったが、どうもその後の出演作がパッとせず、B級もいいところの
『ジョーズ3−D』や、これもB級のテレビ・シリーズ『マンニマル』
(動物に変身できる医師が主人公の犯罪ドラマ、らしい。わずか8回で
打ち切られた)などという仕事しか回ってこなかった。『ナイル……』を
見ればわかるが、彼の発音はきわめて特徴的な正統クイーンズ・イングリッシュ
であり、アメリカではそれを無理して矯正していたために、演技力が
発揮できなかったらしい。

彼は数年でハリウッドを去り、本国イギリスとカナダで活動を再開する。
そちらではかなりの評価も得、また舞台に俳優兼演出家として復帰もし、
活躍していた。結婚に一度失敗(ボンド・ガールのフィオナ・フラートン)
したあと、二度目で生涯の伴侶も見つける。それが(実はこの死去の報を
伝える記事で初めて知って驚いたのだが)『わらの犬』『ダーティメリー・
クレイジーラリー』などで知られる女優のスーザン・ジョージだった。
その事実にも驚いたし、いかにもアメリカらしいアメリカ映画でずっと
観ていた彼女がイギリス人だったということにも驚いた。
そう言えば、彼女は若き日のチャールズ皇太子のガールフレンドでも
あったのだった。どこかマッコーキンデールにはチャールズ皇太子の
面影がある。

ナチュラル派として知られる彼女(二歳年上)とフィジーで結婚式を
上げ、農場で彼女と20頭の馬と暮す彼は大変幸せそうであったが、
彼らの仲むつまじい様子を伝える雑誌の記事のタイトルは
『スーザン・ジョージ&サイモン・マッコーキンデール』であって、
やはりここでも彼は、女性の影に隠れた刺身のツマ的存在だったのであった。

とはいえ、スーザンと結婚してからの十数年は彼にとって充実した生活だった
ようで、やがて『ナイル……』以降の最大の当たり役である、英国の長寿テレビ
ドラマ『カジュアルティ』でのハーパー医師役も射止め、これは6年も演じ
続けた彼の代表作になる。……緊急医療チームを描くこのドラマを彼が降板
したのが、癌の治療に専念するため、だったのが皮肉だが、
癌は各部位に転移し、4年の闘病の後、ついに10月14日、死去。58歳。
俳優として大成した、とはいいにくい人生だったが、しかし、ロマンスにも
めぐまれ、決して悪い一生ではなかった、と信じたい。

ちなみに、彼が所属していた事務所の名前は“エイミー・プロダクション”
という。エイミーとは、サム・ペキンパー監督の『わらの女』でスーザン・
ジョージが演じたダスティン・ホフマンの妻の名前。やはり、最後まで
女の影にいた感じだなあ。

R.I.P.

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