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2010年8月3日投稿

さらば愛しき怪プロデューサーよ 【訃報 エリオット・カストナー】

6月30日死去。80歳。
アメリカ生まれ、ヨーロッパで主に仕事をした映画プロデューサー。
児童文学者のエーリッヒ・ケストナーに名前が似ていて、
それで記憶に残ったのが最初だと思うが、そのうち
「おや」
と思い始めた。どうも、私の好みのアクション映画で、やたら
その名前を見かけるのである。

私好みのアクション映画とは何か、というと、それほどの
大スターを使わず、ストーリィもあまり気負わず、ワキの方に
曲者俳優が出ていてその演技を楽しめ、金と体技よりはアイデア
勝負という感じで、そして演出のどこかにニヤリとするシャレっ気が
ある、というヤツである。例えばチャールズ・ブロンソン主演の
『軍用列車』、ロバート・ショー主演の海洋チャンバラ『カリブの嵐』、
ロジャー・ムーア主演の『北海ハイジャック』なんて映画群である。
……そして、上記三作全部、エリオット・カストナープロデュースの
作品なんであった。

ロバート・ショーにチャンバラのヒーローをやらせようという
だけでこのプロデューサー、スキものだとわかるが(ちなみに悪役は
『ヤング・フランケンシュタイン』のピーター・ボイルで、ショー
以上に悪っぽく見せるため、SM趣味で美青年好みのホモ、という
大変な役づくりをボイルはやらせられている。嬉々と、ではあるが)、
とにかくこの人の映画では主役ですら安心して見ていられない。
代表作とされる『荒鷲の要塞』は英軍のリチャード・バートンと
米軍のクリント・イーストウッドが手を組んで、山のてっぺんに
あるドイツ軍要塞に、捕らわれている米軍将校を救出に行くという
いかにも戦争アクション、と一見思える話だが、正統派アクション映画
らしいさまざまな苦労を乗り越えて、やっとのことで目的である将校を
見つけ出した途端、いきなりバートンがイーストウッドに
「この将軍も私もニセモノだ。私はドイツのスパイでお前をだました
のだ、やーいだまされた(大意)」
と言い出す。そのときのイーストウッドの“おっさん、いきなり何を
言い出すんじゃ”という表情が絶品で、さすがのイーストウッドも
気勢を削がれたか、その後バートンに食われっ放し。

これまた日本の映画ファンにやたら評価の高いポール・ニューマンの
『動く標的』も、主人公のルー・ハーパー(リュー・アーチャー)
はしょぼくれた私立探偵で、普通“しょぼくれた”というのは単なる
形容であるのだが、この映画でのニューマンはホントにしょぼくれている。
なにしろ、朝、コーヒーが切れているので、ごみ箱から昨夜使った
ドリップパックを拾い出してもう一回いれるなんてことをする。
女房(ジャネット・リー!)には別居され、本業はおもわしくなく、
やっと旧友の弁護士からもらった仕事も、曲者の関係者たちに
翻弄されっぱなし。ところが、そういう情けない、サエないことを
すればするほどニューマンがカッコよく見える、という、不思議な
映画ではあった。

この“しょぼくれヒーロー”を受けついだロバート・ミッチャムの
『さらば愛しき女よ』も、主人公フィリップ・マーロウを原作より
ずっと年配にして、くたびれきって仕事にも人生にも意欲が失せ、
楽しみはジョー・ディマジオの連続安打記録だけという、何とも
ヒーローらしくないヒーローに仕立てあげた。で、事件は悪女
シャーロット・ランプリングに翻弄されるだけ翻弄されて、何とか
解決した、と思ったとたんに記録がストップ……という泣くに泣けない
ヒーロー像。もちろん、こっちのマーロウ=ミッチャムもカッコいい
のだけれど、何かカストナー先生、ヒーローにうらみでもあんのか?
と思えてしまう。

これが大怪作西部劇『ミズーリ・ブレイク』になるともう、主役の
ジャック・ニコルソンとマーロン・ブランドの両方とも怪演につぐ
怪演(ことにブランドはいくらなんでもやりすぎ)、そして撮影中に
この濃すぎるおっさん二人が何とホモ関係に落ちたという噂まで
流れて、映画を観たあとはさしも怪作好きの私もしばらくゲップが
とまらなかったほどだった。

この怪作趣味は晩年まで変わらず、晩年の代表作である『エンゼル・
ハート』は主人公の私立探偵ミッキー・ロークのモノローグから
始まり、お、ひさびさにハードボイルドものにカストナー戻ったか、
と思いきや何とラストは……という驚愕のオチで、とにかく“まともな
ヒーローを描く気が全くなかったプロデューサー”でくくることが
できるのではあるいまいか、とさえ思われる。それは、これも晩年の
怪作『ブロブ〜宇宙からの不明物体〜』(『マックイーン最大の危機』
のリメイク)で、映画の中盤、さっそうと現われた科学者と政府の
ブロブ対策チームの扱いを見てもよくわかるだろう。

上記の映画、いずれも(『ブロブ』を除きw)私の映画遍歴の中で
ベスト100に入るものではあるが、中で一番好きなのは、と訊かれる
と、地味ではあるが『北海ハイジャック』になるのではなかろうか。
ロジャー・ムーアのヒーローがひげ面のおっさんで厳格な英国上流家庭、
それも母と七人(だったか六人だったか)の姉の中で育てられたので
徹底した女嫌いで猫好きで編み物が趣味という、これまた作り過ぎの
主人公を演じていた。徹底した女嫌いという役を、色好みスパイの
ジェームズ・ボンド役で有名なムーアに演じさせるのもカストナー
らしいおちゃめさ(人質の中に少年体型の女性がいて、これが
ムーアに協力して頑張る。ムーア感心して「少年、よくやった。
さすが男だ」女性「(帽子を脱ぎ捨て)私は女よ!」ムーア唖然、
というシーンは大爆笑)だが、ラストがまた……猫好きなら
絶対見るべき作品である。

怪作好きで、しかも原作を選ぶ目、役者を選ぶ目の確かさをあわせ
もっていたカストナーは、私にとっては映画プロデューサーの理想、
みたいな存在だった。プロデューサーの名前で映画を観に行く、
ということはよほどの映画ファンでなければしないだろう。その、
数少ない経験をさせてくれたエリオット・カストナーと、彼が活躍
していた時代に最も映画を見まくれた、という幸運を感謝したいと
思う。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa