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同人誌

2010年5月19日投稿

飛び上がった男【訃報 佐藤慶】

戸浦六宏、渡辺文雄に続き、大島渚(創造社)作品の
常連がこの世を去った(5月2日死去・81歳)。
『新宿泥棒日記』でのセックス談義はもう、抱腹絶倒だったし、
『絞死刑』の、定年退職間際の刑務所長が、死刑囚Rの記憶を
呼び戻すためにいやいや芝居に加わって、朝鮮人一家の
母親の(!)役を演じるところなど、これも抱腹絶倒だった。
大島渚が、その観念性の強い、はっきり言えばとっつきにくい
素材でああも映画ファンを惹きつけられたのは、彼ら芸達者
たちがその演技力を尽くしていてくれたせいではないか、と
秘かに思っている。

世間では佐藤慶と言えば冷酷非情な悪役、というイメージで
語られるんだろうが、私にとっては喜劇的な役が凄まじく
印象に残っている。

『真田風雲録』の大野治長は冷徹の権化みたいなキャラだった。
「お前の心は機械だ。機械の心は俺にも読めねえ」
と、テレパシーを使う超能力忍者・佐助(中村錦之助)に
言わしめたほどのクールな大野、燃える大坂城と運命を共に
するときもクールだったが、そのまま炎の中に消えると
思いきや、最後にひと言
「アチーッ!」
と飛び上がる。『科学忍者隊ガッチャマン』の『装甲鉄獣マタンガー』
でこのパロディをやっていたときには、さすがタツノコと思った
ものだ。

テレビの『白い巨塔』(1967)では財前五郎を演じ、これは
一部のファンからは田宮二郎バージョンより評判がいい。
ちなみに、同じ山崎豊子原作の『華麗なる一族』(1974)の
テレビ版でも、映画版で田宮二郎が演じた美馬中を演じている。
キャスティングのお遊びだろうか。

佐藤慶=悪役の図式で語られることが多いが、単なる悪役俳優とは
同日の談ではない凄みがこの人の演技にはあった。
なまじっかのヒーローではこの人の悪にはかなわないのだ。
『子連れ狼』の柳生烈堂で拝一刀(萬屋錦之助)を倒し、
『新・必殺仕置人』で、念仏の鉄(山崎努)と相打ちになるほどの
実力者なのである。

そして、ねっとりと脂ぎる、中年の性の凄まじさを演じさせても
第一人者だった。『白日夢』での本番は話題となったが、
実のところは目で女をにらむあたりの視線のネバリ感が最高。
『松本清張事件にせまる〜終戦日の荷風と潤一郎』で、永井荷風を
演じ、白い飯に嬉々としながらも吉行和子の谷崎松子の腰に
じろりと一瞥をくれる、その視線のスケベさはお見事だった。

ギャグをやろうとスケベをやろうとこの人の演技がどっしりと
落ち着いていたのは、『知られざる世界』や映画『東京裁判』の
ナレーションでおなじみだった、あの響きあるバリトンのすばらしさに
因があるだろう。NHKドラマ『海に火輪を』での岩倉具視が
まさにその声を生かし切った演技だった。西郷隆盛(小林桂樹)・
江藤新平(成田三樹夫)ら征韓論者がつめよるのを
「なりませぬ。まろの目の黒いうちは決してさようなことは
致させませぬぞ!」
と一蹴する、その声の威厳。まさに西郷をして
「右大臣、よく踏ん張りもんした」
と言わしめるものであった。

大河ドラマ『草燃える』で共演した武田鉄矢によると、
佐藤慶はスタジオでは剽軽もいいところの人物で、スタートの
声がかかる直前までどうしようもない冗談ばかり言っていて、
「カメラ回ったとたんにこの袴の紐が切れちゃったりして。
袴が落ちたら、下、はいてなくて、丸出しになっちゃったりして。
(スタート!)……鎌倉幕府は何を考えておるのか!」
という、その切り替えがたまらなく可笑しかったそうだ。
一筋縄ではいかない、というのはこういう役者のためにある言葉だろう。
うう、書いても書いても終らない。

佐藤慶が死んだ。
日本のドラマは確実に、何パーセントか面白くなくなったのである。
黙祷。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa